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日本演劇情報

2021年9月17日俳優教育シンポジウム実施報告書

2021/09/26
 日露演劇会議事務局

9月17日(金)の15時からオンラインで俳優教育シンポジウム「新時代を切り拓く演劇教育 - ロシアの演劇教育の実践を視野に―」上智大学ヨーロッパ研究所との共催)を実施した。本シンポジウムには上智大学をはじめとする教育機関の教職員や学生のほか、国内外の演劇関係者、ロシア・ビジネス関係者、報道関係者から合わせて100件以上の参加申し込みがあった。シンポジウムは報告と討論の2部構成で、途中休憩を挟んで3時間にわたって開催された。

開会の辞では村田真一氏(上智大学教授)がシンポジウムの趣旨を説明し、共催であるヨーロッパ研究所の市之瀬敦所長(上智大学教授)による御挨拶を代読した。その後、執筆者の佐藤貴之(日露演劇会議)より登壇者、コメンテーターの紹介を行った。

報告の部では、ロシアの演劇大学を卒業した3名の登壇者より、演劇大学における経験や卒業後の活動について報告が行われた。

釈放された俳優のウスチノフ氏(英BBCCの報道より転載、2019年9月30日)

俳優教育専門家の横尾圭亮氏はロシアの演劇大学で俳優に求められる職能を解説した上で、そうした職能を育むために欠かせないカリキュラムについて、母校・ライキン高等舞台芸術大学、マールイ劇場付属シチェプキン演劇大学大学院での実体験を交えながら報告を行った。横尾氏によると、ロシアでは基礎的な俳優教育に膨大な時間と労力を投資した上で戯曲中の役作りといった高度な内容を学ばせるのに対し、日本では徹底した基礎教育がない中で演技や役作りを学ばせることから、多くの困難が生じるという。また、報告者は2019年に不当な理由で当局に拘束され、広く注目された学友の俳優パーヴェル・ウスチノフ氏を例に、ロシアで俳優という職業が持つ社会的・文化的意義についても指摘した。

(公式HPより転載)

続いて登壇した演出家の西村洋一氏は母校・サンクトペテルブルク演劇大学(現在はロシア国立舞台芸術大学に改名)での教育現場を紹介し、演劇企画JOKO新潟芸術座(НХАТ)での俳優教育活動を中心に報告を行った。ロシアの場合、俳優として劇場で仕事をするには4年制演劇大学の卒業が必須であり、各演劇大学では共通の俳優教育システムが採り入れられている。一方、現代日本演劇における俳優教育には土台となる方法論が依然として欠如した状態が続いており、ソ連崩壊から30年間の日露演劇交流を通してもなおロシアの俳優教育システムが十分に紹介されていない現状を指摘した。

レオニード・アニシモフ芸術監督(公式HPより転載)

最後に登壇した俳優、ロシア語通訳者の上世博及氏は母校・サンクトペテルブルク国立文化大学での教育現場や、帰国後の演劇活動を中心に報告した。認定NPO法人TOKYO NOVYI・ART(元東京ノーヴイ・レパートリーシアター)の芸術監督、レオニード・アニシモフ氏との出会いや、東洋演劇と西洋演劇の統合を試みる同士の作品世界について言及したほか、舞台現場やワークショップなどでの豊かな通訳経験についても紹介した。また、報告者は演技をすることと、舞台上で生きることの違いを特に強調した。

3本の報告終了後、ロシア・メディア「TVツェントル」によるロシア舞台芸術大学(GITIS)の特集報道(日本語字幕付き)に加え、西村氏の母校における4年間の授業構成について司会の佐藤が紹介を行った。

休憩後、村田真一氏と松本永実子氏(演劇企画JOKO講師)はそれぞれ3名の報告についてコメント、及び質問を行った。村田氏からは演劇大学でロシア文学がどのように教育されているか、また俳優の想像力が実体験を超えたイメージを表現することの可能性について質問があった。松本氏からは、ロシアと欧米の教育現場で見られる価値観の違いについて、教育者と生徒の関係性を中心にコメントしたほか、ロシアの演劇大学でボディーワークが如何に指導されているかについて質問があった。

登壇者とコメンテーターの討論後は会場からも質問を受け付けた。時間の制約により質問の一部にのみ答える形となった。

以下、シンポジウム参加者からのコメントを紹介する。

ロシアの俳優がほとんど4年制演劇大学を卒業しているということに驚きました。

演劇を行うためにまずは自分自身という人間を見つめなおし自分が舞台上でどのようにありたいのかを考えた上で、役者として演劇に携わっていく事が必要であると感じました。

俳優として演劇人として非常に興味深いお話ばかりで、無料で聞いていいのかしらと思いました。

最後の、何があっても楽しむ、度胸などが印象的でした。これが、まさに皆さんのロシア的な感情が表現されていたと思います。もっと聞きたかったです。

以下、登壇者、およびコメンテーターからシンポジウム終了後に寄せられた言葉を紹介する。

横尾氏:俳優・演出家教育を考察し、少しずつにでも実際に行動に移していくことは、同時に日本国全体の「学問のあり方」、「民主主義のあり方」を問い直す絶好の機会になると感じている。そのためにも、現場の人間とアカデミズムの人間の密接な交流がこれまで以上に必要不可欠となってくるだろう。そうすることで、今まで訳されることの多くなかったロシアの演劇の専門家のためのベーシックな演技やステージ・ムーブメント、ステージ・ボイスなどの科目の理論書、戯曲や小説の生きた形での翻訳が可能となり、よりはっきりと未来の俳優・演出家の教育機関のあり方が見えてくるに違いないと期待している。

西村氏:ロシアの演劇大学で教えられていることの全貌を紹介するのは困難なことであるが、今回はその端緒となったように感じている。三人が登壇したことで、いろいろな角度から情報を伝えることが出来たのではないだろうか。まずは実態を知ってもらうことから始まると思うので、このような機会が継続的に設けられることを望みたい。

上世氏:芸術家としての俳優を育てるためのレパートリーシステムは重要である。俳優は演出家のコマではなく、自立した創造活動をする芸術家であるという認識を持たせる教育が必要とされている。今回のシンポジウムについて言えば、相手の反応が見えないまま話すことが難しかったのと20分が思いのほか短かった。次にシンポジウムを企画する際は、現在ロシアで勉強、活動されている方の登壇を期待したい。

村田氏:登壇者の話が具体的で興味深く、有益だった。参加者の熱気も感じることができた。今後のシンポジウムでは、俳優トレーニングの一コマを動画あるいは実演で紹介するとよいと思う。参加者も台詞を読むといった双方向の試みが必要になる。俳優教育は演劇の要。ロシア人俳優のように、自然ではないのに自然に見える幅のある大きな演技に到達する道は遠くとも、その一歩を踏み出さなくてはならない。今後の課題としては「知られざる」ロシアの秀作戯曲の紹介に加え、ロシア文化の教育のさらなる充実を実現したい。

松本氏:今回はロシアに於ける演劇教育についてのイントロダクションという色合いになり、聴衆にとっては新鮮だったと思う。このシンポを踏まえ、今後は演劇教育や公演現場での経験をシェアし、更に学界との間での認識の共通点や相違点などを解説・議論するような機会を持つことが日露演劇会議の趣旨に合致すると思われる。

最後に、本シンポジウムの実施に多大なる協力と支援を提供してくださった上智大学ヨーロッパ研究所職員の皆様に深くお礼申し上げる。

文責:佐藤貴之