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主催事業

オムスク大学(ロシア)を訪問して

2011/01/12
渡辺 隆喜

オムスク大学学長(左から2人目)と渡辺教授

オムスク大学学長(左から2人目)と渡辺教授

今年のオムスクは大変寒かった。全世界的な気候の変動の一環であったのかもしれない。オムスクはロシア,西シベリアの中心都市である。成田からモスクワのシェレメチェボ空港まで,飛行時間は10時間,時差は8時間である。シェレメチェボ空港を真夜中に出発して,3時間でオムスク空港に到着する。時差は3時間。従って早朝6時の到着である。時差ボケ解消のため,午前中は休憩し,午後から通訳を担当してくれたノボシビルスク教育大学の准教授マリーナさんを含めて,オムスク大学国際部と打ち合わせが行われ,滞在中の講義や講演のスケジュールが確定した。

5月10日のことであった。オムスク市には国立大学が10校あり,中核となるオムスク総合大学が私の訪問先であった。

実は私がオムスクを訪れたのは,今回で2度目である。3年前の初回は,5月12日にノボシビルスクの日本語弁論大会(日本文化センター主催)での審査を終えた翌日であった。シベリアの中心都市であるノボシビルスクは肌寒く,みぞれ混じりの雨の日であったが,シベリア鉄道の超特急6時間のオムスクは,花咲き鳥歌う春真っ盛りの時であった。今回は花はつぼみで寒い日が続き,半月後の帰国の朝には雪が降っていた。世界的気象変動がシベリアをも襲っていたのである。

今回のオムスク訪問で,同じ質問を2度受けている。その一つは,学長交代で代わった新学長からで,なぜ2回もオムスク大学を訪問してくれたのか,という質問である。同じ質問は,州庁舎で開催された世界青年フェステバルに出席した時で,テレビ取材の中のことであった。私はロシアの学生の知的好奇心の旺盛さと素朴さが,日本の20~30年前の学生と似ており,教師の教え甲斐を刺激した故だと答えたが,この印象は2回目の訪問を終えた今日でも変わっていない。シャイな日本人学生と異なり,彼らの若々しさと率直さが,ロシアの学生の興味の所在を探るという私の好奇心も満足させてくれたからである。

授業風景。通訳はノボシビルスクのマリーナ准教授

授業風景。通訳はノボシビルスクのマリーナ准教授

私が初回,日ロ演劇会議の村井氏よりオムスク大学の文化講座担当を依頼された際,念頭に浮かんだのも日ロ学生の比較の問題であった。前任者には,日本文学や文化人類学の専門家がいたと言うが,私は自分の専門とする明治維新史,日本近代史で講義することを諒承してもらっていた。初回のテーマは「ロシアと日本」と題して,日ロ交渉史を前半に,後半はロシアの学生が興味を持つという近代土地制度史,つまり農奴解放と地租改正の比較史的な講義を行った。日本におけるロシア語教育史とロシアの関係も含めている。

試験の結果は優秀で,講義内容が難解かと心配したが,杞憂に終わった。テスト用紙の最後に感想文をかいてもらったが,前半より後半に興味を示す学生が多く,そのため今回は大テーマを「西欧と近代日本」として,内容を少々専門的にしたのである。

最初に日ロ交流史を概説し,後進国日本とロシアの共通性に触れ,後半は日本近代化論を中心とした。「万国対峙」「脱亜入欧」「和魂洋才」の近代化理念の解説である。特に,日本の今日的状況を紹介することを主眼として,後半の最初はNHK大河ドラマ「坂本竜馬」論を概説し,日本人の今日の歴史意識のあり方を紹介した。次の講義は当然「船中八策」から「明治憲法」に至る近代国家体制構築の過程を,洋学導入のあり方と関連して,ドイツ流憲法への帰結を概説したのである。

日本事情の紹介という意味で,最後に用意したのは「日本人論」,「日本文化論」である。双方とも大テーマであるが,今日の草食系,肉食系,縄文人,弥生人論を前提に,ペリー来航以来の日本人論の推移を概説し,日本人気質の原型としての神社信仰,国技とされる相撲と朝青龍の解雇問題や,エストニア出身の把瑠都関の優勝を紹介したが,気質問題は少々むずかしかったかもしれない。しかし,質問から推測すると,学生には大変興味のある問題であったらしい。

日本文化論も2000年までの変化を概説したが,要は「自由平等」の西欧的普遍理念と,忠誠的タテ社会の日本的特殊理念の相克を指摘することになった。21世紀の今日における民族,宗教,地域の個性と世界的普遍性の調和の問題である。まさに今日の国際化の「質」にかかわるもので,オムスク大学の文化講座というよりは,日本の国際関係学部の学生と討論すべき基本問題であったかもしれない。

熱心に講義を聞く学生たち

熱心に講義を聞く学生たち

しかし,ロシア学生の受講態度は真摯で,多くの希望者から選抜された受講生134名のうち,出席不足4人を除く130人が受験して,125人が合格した。通訳が優れていたこともあって高得点者が多く,今回もまたロシアの学生に教えられることの多い訪問となった。

このほか,「大学図書館と教育」(プーシキン図書館),「現代日本農業の素顔」(オムスク国立農業大学)の講演もしたが,出席した大学教員からの質問も多く,盛会であった。