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主催事業

ロシアを訪問して

2009/01/04
松原 正道(淑徳大学名誉教授)

イルティッシュ川のほとりで

イルティッシュ川のほとりで

「ロシアの印象は」と、通訳のイリーナさんに問われ、「美人が多い」と答えた。彼女も出迎えのエヴゲニーヤさんも中々の美人である。これは女性だけのことではなく、男性もハンサムぞろいである。村井先生から聞かされていたことだが、それを実感したわけである。若者の中にはオシャレな者が目立った。
ところで、こうした美男・美女の国とは裏腹とも言える感じのものが、モスクワにしてもオムスクにしてもあり、特に、モスクワの国内空港のキタナサには驚かされた。ロシアでは煙草を吸う者が多く、オシャレをした女性達も煙草を吸い、美人達も吸殻をそのまんまその辺りに捨てるので、キタナイ空港を更にキタナクしているのである。オムスクでも立派な建物がある一方で、大通りには幅広い歩道があるのだが、何時工事が終わるのか分からないと言った所が多く、むき出しの土が風に吹かれて街中が埃っぽく、何となくキタナイのである。
また、大学構内も必ずしもキレイとは言えず、トイレのそれで極まるのだった。講義が始まって数日後、ある女子学生から、オシャレをしてきたので一緒に写真を撮らせてほしいと言われたのがだが、そのオシャレとは別に、彼女もそうしたトイレを使っているのかと思うと、そのギャップがなんなのかと言う事を考えさせられた。もとより、女性用トイレを見たわけではないが、食堂スタッフ専用の共用のトイレも必ずしもキレイではないが、こちらのほうがはるかに良いと妻が言っていたので、その様子が想像できる。宿舎のはキレイだが、紙を流せないとのことで使用後のものをバケツにためていたが、他でも同じことだそうだ。これらのことは私にとってカルチャーショックとも言えるものだったが、「郷に入っては郷に従え」だ。

オムスク139学校の折り紙の作品

オムスク139学校の折り紙の作品

だが、こうしたギャップとか違和感と言うものとは別に、ロシア人にとって、バレエとか演劇、音楽等の芸術が日常的でその理解の深さと言うものを感じさせられた。ウィーク・ディだと言うのに観劇券が手に入らなかったと言うこと、学生の質問の中に、「どんなクラッシッ音楽を聴くか」と言うのがあったが、こうした質問を当たり前のようにすると言う点で、それらが日常化していると言うことを感じさせられたのである。そして、観客は結構オシャレをしてくるのだ。更に、こじんまりとしたドストエフスキー博物館、地元出身の画家べローフの美術館を訪れた際、案内の女性が1時間余りにわたり熱心に説明をしてくれたことでも感じさせられ、美術館では茶菓のサービスが付いているのである。因みに、音楽の質問には、「朝や午前中は、ラフマニノフのピアノ協奏曲等、午後や夕方には『はげ山の一夜』のムソルグスキー等、チャイコフスキーなども好きだ」と答えた。
そして、何よりも、学生達の勉強に対する取り組み、日本への思いと期待の強さに感動させられ、彼らのその思いや期待に対し如何に応えるかと言うのが私の今後の課題となったと共に、国としての日本が隣国ロシアとの友好をさらに深めていくことの重要さを痛感させられた。
ドストエフスキー記念オムスク総合大学での「欧米との関わりでみる日本の近代化」と題しての7回の講義と試験、講評、スタッフ専用の食堂での学生との茶話会。農業大学での「大原幽学に見る世界最初の農業協同組合活動」の講義と「日本の現状」についての講演。更に、何人かの学生も参加した国立プーシキン図書館での同様の講演とラジオ局でのインタビューとがあったが、それぞれに熱心に話を聞いてくれたと言うことと、日本に対する思いや期待の大きさを感じさせられたのである。
中でも、総合大学では、1時間半の講義の後、毎回10名余りの学生が熱心に質問に来て活発なやりとりをし、時に、それが1時間にも及ぶこともあり、その余りの熱心さには、感心させられると言うより感動させられ、それは、「教師冥利に尽きる」と言うものだった。従って、大学に頼み最終日、特別に2時間半余りの茶話会を行ったわけである。

最終講義の後で

最終講義の後で

長い鎖国の後開国し近代化を目指し、欧米諸国と対等の立場をえたとの思いが240年余りの対外紛争のなかった日本に、開国30年にして日清戦争を、更に、10年で日露戦争を起こさせたと言う歴史の現実、こうした歴史の展開と近代化とをどう考えるかと言うのが今回の講義のテーマで、これを学生達はどう理解しただろうか。
学生のコメントに、「学者はよく世界の文化を東洋と西洋に分けるが、それは正しくないと思います。人間の本質は同じで、環境だけが違うのであって、その目的も同じで、それは、「幸せ」と言うことです。目的は共通ではあるが、到達する道が違うのであって、この道を歩いて行くことで、理解不足の部分が自然と解消していくのです。現在の世界では国と国との国境、文化と文化の違いが薄れていく傾向があり、そうするとその国の独特の文化の特徴が消えていく恐れがありますが、でも、お互いに尊敬しあい相互理解をしあい、共通の目的を見つけることにより、他の文化とも上手に接することが出来るようになります。」と言うのがあったが、このことを以て、私の伝えたいことがちゃんと理解されていたと言う確信を得たのである。それは、更に、最終的に試験を受けた85名中14名が満点を取ったと言うことでも言えるのである。そして、このことは、イリーナさんの通訳が如何に適切だったかと言うことも意味しているのであって、その点で彼女に感謝である。
また、総合大学のゲーリング学長、国際部のイッセルス部長、若いヤーナ課長、エヴゲニーヤさん、ヴァーリャさん、オイシイ昼食を提供してくれた食堂スタッフ、宿舎を提供してくれた農業大学関係者に謝意を呈する。
特に、村井先生に多謝。
この貴重な体験を今後に生かすことと、学生の期待に応えたく、来年もオムスクへ行きたいと思っている。