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主催事業

オムスクのフェスティバルで『父と暮せば』を演出!

2011/11/22
 日露演劇会議事務局

『父と暮せば』の稽古と試演会@オムスク第5劇場        2011年11月21日                西村洋一

今回、わたしがオムスク第5劇場の俳優たちと行ったのは、エスキーズヌイ・パカーズэскизный показ。直訳すれば「草案的な上演」であるが、ここでは「試演会」ということにしておこう。作品は、井上ひさしの『父と暮せば』(米原万里訳)。稽古は5日間で、1日あたり3~4時間。また、稽古はロシア語で行い、通訳はいなかった。演劇フェスティバルの最中ということもあり、俳優たちはもちろんのこと、劇場中の人たちが、てんやわんやな状態で行われた。

この試演会というのは、リーディングとは違い、イメージとしては通常の芝居に近い。俳優は立って動き回りながら演技をする。違うのは、俳優が台詞を完全に覚えている必要はなく、台本を片手に演じているところ。また、小道具や衣装はあり合わせのものだった。音楽や音響効果は使ったが、照明は使わなかった。また、あり合わせとはいえ、劇場の衣装部、小道具部、音響部の人たちが、忙しい中、一通りそろえるのに大分協力してくれた。

出演したのは、セルゲイ・ズベンコとエレーナ・ザイグラエワ。父役のセルゲイは、口ひげがトレードマーク。それなりに年配だが、かなり元気者だ。あいさつの握手は、いつもがっちりされる。娘役のエレーナは、強気なところもある頑張り屋。2人とも、昨年来日公演した『33回の失神』(於青年劇場スタジオ結)に出演していた。

試演会本番

さて、このような中で迎えた稽古初日(10月22日)。稽古場が空いていなかったので、セルゲイの楽屋にて。まずは、一通り読んでもらった。その後に話し合い。広島の原爆をテーマにした作品であり、原爆投下後の状態を語るシーンもある。ここで分かったのは、比較的年配のセルゲイの世代は、学校で原爆やその被害について教わったが、若いエレーナは一度も教わることがなかった、ということだ。それでしばし、セルゲイがロシアの教育について熱弁をふるう。「昔は、学校で原爆のことについて教えるのは義務だったんだ。最近は、学校教育も自由化されて、先生などの裁量に任されることが多くなったからなあ。」

 2日目からは、ずっと劇場の稽古場で稽古。『父と暮せば』は全4幕である。2日目には1幕と2幕の立ち稽古を始め、3日目には2幕と3幕。この2日間は、原爆の体験を可能な限り自分のものにする、ということを中心に行った。それと同時に、戯曲の分析も行っていく。

すると、セルゲイとエレーナにも、一筋縄ではいかない作品だということが段々と分かってきたようだ。3日目の途中で、とうとうセルゲイが白旗を上げかける。「これは...試演会で見せるのは、1幕と2幕だけでいいんじゃないのか? 試演会なんだし、作品の紹介が目的なんだから...」

ううむ、気持ちは分かる。それなりにボリュームのある作品であり、1時間20分前後の上演時間にはなるだろう。彼らは、大量の台詞と格闘していた。そんな状態にも関わらず、わたしには「相手役を大事にして」と繰り返される。それに加えて、2人とも同時並行的に他の稽古や出演が複数あった。わたしは平静を装いつつ、「まあ、明日の様子を見て、全部やるかどうか決めようじゃありませんか。」

 4日目。3幕の冒頭の稽古が、1つのカギだった。娘がデートの約束を破り、雨の中を帰宅するシーン。娘は、原爆による自身の後遺症に対する不安、将来生まれてくるであろう子供に対する不安、さらには自分だけが生き残ったことによる申し訳のなさから、前に進むことができないのだ。エレーナは、それをうまく捉えていないようで、バタバタと勢いよく駆け込んできていた。

そこで、エレーナに説明する。「ここでは、恐ろしく落胆している。彼にはもう会わないと決めた。それは何を意味するか。もう一生誰とも結婚しないだろう、ということだ。しかもその決断を自ら下している。帰宅した時の歩みは非常に遅く、脚を前に運ぶのも大変なくらい、足取りは重かったのだ。」

これで、エレーナは理解してくれたようだ。「演じる人間」から「生きた人間」に変化したのだ。その後3幕、続けて4幕を通してやったが、彼女につられて、セルゲイの演技も一変した。この日の稽古によって、試演会でも何とか全幕やれるだろう、という雰囲気になってきた。

翌日は、稽古最終日。音響担当のデニスも加わって、テクニカルなことを確認しながら通し。ちなみに、音楽にはドビュッシーを使った。セルゲイとエレーナとは、「相手役をとらえて行動する」ということを確認した。あと紹介が遅れたが、わたしたちの稽古には、演出助手としてイリーナ・スウィロタがずっとついていてくれた。ベテランで、いろんな面でよくサポートしてくれた。そのイリーナも、「明日の試演会は大丈夫よ。」と太鼓判を押す。

試演会当日の10月27日。午前中に1回通し、本番に備える。会場には、いつも使っている稽古場を用いた。きれいな椅子を100席ほど並べて、観客席にしてもらう。ところが、開場すると観客が続々とやって来て、あっという間に席がなくなってしまった。急遽、補助席を出して何とか対処してもらう。

試演会の出来は、まずまずだった。セルゲイは、持ち前のコミカルなキャラクターもよく生かし、エレーナは知人に「1幕が終わるまで、あなただと気付かなかった」と言われる変身ぶり。この2人の頑張りは、賞賛してしかるべきだろう。わたしはと言えば、とりあえず、この試演会での役割は果たせたかなと、ほっとした次第である。打ち上げのコニャックも美味しかった。(日露演劇会議会員・演出家)