日露演劇会議-Japan Russia Theatre Forum >  What's New >  会員関連 > キルギスの演劇事情

会員関連

キルギスの演劇事情

2011/12/16
 日露演劇会議事務局

○月×日

朝いきなりノンアポで来客がありました。ビシケク市立ドラマシアター? 要するにキルギスドラマシアターのようです。とうとう現れました。会いたかったのです。

彼女はそこのプロデューサーだそうです。資料を見せてもらうと日本での公演の様子も記載されていました。2005年の「アジア演劇フェスティバル」。残念ながら観ていません。

「夕鶴」「心中天網島」をキルギス語で上演したことがあるそうです。演出家はタジクから招聘したとか。

私はまず「劇場」のことを質問しました。キルギスドラマシアターはずっと「修理中」なのですが、別の場所をビシュケク市からもらえる約束だったそうです。その約束が先延ばしされ、やがて革命が起こり、今後に関しては全く目処が立っていないとのこと。今はかろうじて稽古場があるらしいですが、公演の予定はないと云っていました。

ロシア演劇主体のロシアドラマシアターは健在な訳ですし、お互い助け合うこともできると思うんですが、何か確執があるのかもしれません。恵まれたロシアドラマシアター、流浪のキルギスドラマシアター。

ここで意図的に脱線します。

昨年シベリアを旅行しました。フェリーでウラジオストクに入り、主だった都市で途中下車しながらのんびりと周りました。イルクーツクの先のタイシェトという町で悪徳警官に拘束され、ハバロフスク領事に助けられ、以後東進。ワニノと云うさびれた港町から、サハリン行きの鉄道連絡船に乗りました。アジア系の男性がひとかたまり乗っていて話しかけてきます。

「中国人か?」

「ううん、日本人。」

「日本人?へー。」

「あんたらは何人?」

「オレたちはキルギス人。」

「キルギス人!?」

そんなところでキルギス人に会うとは思いませんでした。彼らは好景気のサハリンに出稼ぎ労働者として渡るのです。ロシア人の中でドヤされ疎まれ、身体を小さく寄せ合いながら。

「オレ、来年キルギスに働きに行くんだよ。2年働くんだ。」

「働く?何するんだ?」

「オレは演出家だから演劇をしに行くんだよ」

それはいいね、と云ったあと、彼らは少し沈んで、やがてポツポツ身の上話を始めました。彼らは劇場で働いていました。でも仕事がなくなり、今サハリンに建設労働者として出稼ぎに行くのです。今度は私が沈む番でした。

「演劇するって、じゃあキルギス語話せるのか?」

「いや」

「ふーん・・・」

「・・・」

「キルギスの演劇の何を知ってる?例えば?」

「ごめん、知らないんだ。これから勉強する。」

でも、彼らは私を責めませんでした。キルギスには素晴らしい演劇がある。ロシアの演劇も素晴らしい。そして私の知らない、いろいろな演劇の話をしてくれました。

こんな境遇の人たちがいる国に、私は暢気に演劇をしに行こうと思っている訳です。お互い演劇が好きなだけなのに、一方は生活のために出稼ぎ。一方は国のお金で暢気にボランティア活動。

出稼ぎはキルギス人にとって珍しいことではありませんが、彼らのことは決して忘れることができないでしょう。そしていつか彼らと、キルギスで、キルギス語で、舞台作品を作れたらどんなに嬉しいだろうと思いました。我々はサハリンに向かうおんぼろの鉄道連絡船の上で出会ったのです。

キルギスに着いて一番最初に行きたかったのはキルギスドラマシアターでした。すぐにそれは叶いましたが「無期修理中」の看板。それですべてが分かった気がしました。彼らはきっとここで働いていたのです。

そのキルギスドラマシアターが今、やっと目の前に現れました。感無量です。

話を戻します。

連絡船で会ったキルギス人について話し、彼らはあなたの仲間だったかもしれないですね。というと「かもしれません」と云って涙ぐみました。言葉がありません。

翌日。

またしてもアポイントなしの来客がありました。直訳すれば「野外劇場」というところの方だそうです。

受付に出ると、昨日会ったキルギスドラマシアターの女性ジャルパットがいて、「紹介したい人がいる」と云います。なるほど、そういうことでした。

なんと来週ビシュケクで「第二回中央アジア野外劇フェスティバル」があるそうです。トルコ、イラン、タジク、ウズベクなどから劇団が集まります。そのときにシンポジウムもあるので、是非出席して欲しいとのこと。もちろん受けました。